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松山地方裁判所西条支部 昭和43年(わ)156号 判決

主文

被告人らはいずれも無罪。

理由

本件公訴事実は「被告人らは、共謀のうえ、国が昭和三八年二月一日付をもつて、農地法第六一条により、愛〓県周桑郡東予町(旧壬生川、三芳両町昭和四六年一月一日廃置分合)大字河原津字永納乙三〇番地畑四畝三歩および同所乙三一番地畑二反六畝二六歩の国有地(以下本件国有地という)の払い下げをなすにあたり、本件国有地の払い下げを受ける適格を有しない被告人稲井松太郎のため、その適格者となりうる被告人松木仲治の名義をもつて払い下げを受けて本件国有地を騙取しようと企て、昭和三七年九月下旬頃から昭和三八年一月中旬頃までの間に、旧三芳町々役場内等において、真実は被告人稲井松太郎において本件国有地を払い下げにより取得しようとしているのにかかわらず、この事情を秘匿し、被告人松木仲治名義の買受申込書等の払下申請関係書類を作成し、これを旧三芳町農業委員会等を経由して、右払下関係事務をつかさどる愛〓県知事宛提出し、その旨同知事を誤信させ、よつて同知事をして昭和三八年二月一日本件国有地につき被告人松木仲治宛に払下手続をなさしめたうえ、昭和三九年九月一八日同被告人名義に所有権保存登記を完了し、よつて被告人稲井松太郎においてこれを取得して騙取したものである。」というものである。

よつて、考察するに、成程、被告人稲井松太郎は、昭和三五年一〇月頃本件国有地等が民間へ開拓地として払い下げになる旨聞知するや、景色の美しい本件国有地附近にかねてより隠居所を建てたいと考えていた矢先、みずからは入植者選考基準に該当しないため、脱法的手段を用いてでも本件国有地を手に入れようと企て、爾来機会あるごとに被告人松木正広(当時旧三芳町農業委員会々長)に対し相談をもちかけ本件国有地が自分に払い下げになるよう画策を依頼していたこと、そして、昭和三七年五月頃被告人松木正広からいわゆる地元増反者として払い下げを受けられる見込のある被告人松木仲治の名義をかりて払下申請をなすようすすめられるや、その頃被告人松木仲治に対し自己のため同被告人の名義をもつて本件国有地の払下申請手続をしてくれるよう依頼したこと、そこで、被告人松木仲治は、右依頼にもとづき払下申請をすることとし、みずから本件国有地を開墾し且つ利用する意思がないのに拘らず、右の事情一切を秘匿して、当時愛〓県知事あて同被告人名義の買受予約申込書および買受申込書を提出し、国に対し本件国有地の買受申込をした結果、昭和三八年二月一日付をもつて被告人松木仲治あてに農地法第六一条の規定により本件国有地の払い下げが行なわれ、昭和三九年九月一八日同被告人名義に所有権保存登記のなされるに至つたことは関係各証拠により容易に認められるところである。しかしながら、本件公訴事実中「被告人稲井松太郎が本件国有地を払い下げにより法律上取得しようとしたこと」「愛〓県知事に本件国有地の取得者について誤信があつたこと」および「被告人稲井松太郎において本件国有地の所有権を取得したこと」はこれを認めうる証拠がない。却つて、本件国有地が被告人松木仲治の買受申込にもとづき同被告人に対して払い下げのなされたことは先に認定したとおりであつて、法律上はあくまでも同被告人が本件国有地の所有権を取得したものにほかならない(被告人稲井松太郎は農林大臣の許可を受けないで被告人松木仲治から本件国有地の譲渡をうけ事実上これを占有していた者に過ぎない)から、本件国有地の取得者の同一性について愛〓県知事には何ら錯誤のなかつたことが明らかである。被告人稲井松太郎が自己のために被告人松木仲治の名義をかりて払い下げを受ける旨両被告人間にあらかじめ合意の成立した事実はもとより以上の認定を妨げる資料とはならない。要するに、本件公訴事実は詐欺の証明がないのである。仮に、本件訴因を変更し「被告人らは、共謀のうえ、被告人松木仲治において本件国有地の開墾ならびに利用の意思がないのに拘らず、これを黙秘して、(あるいは同被告人名義の買受予約申込書および買受申込書を提出して同被告人に右意思があるごとく装い)、同被告人から国に対し本件国有地の買受申込をなし、知事をしてその旨誤信させて同被告人に払い下げをなさしめ、同被告人において本件国有地を騙取した」との趣旨にあらためたとしても、買受予約申込書および買受申込書の提出は、右各申込書の記載事項(農地法施行規則第三六条第三八条)に照し、それ自体欺罔行為とはみられないのみならず、開墾ならびに利用意思の有無は国のみずから審査すべき事項であつて、事柄の性質上、買受申込者より国に対し右意思のないことを告知すべき法律上の義務はないから、かような事実の黙秘が詐欺行為とならないことはいうまでもない。してみれば、被告人らが愛〓県知事を「欺罔」して国から本件国有地を「騙取」したものとは到底認められない。よつて、本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三三六条により被告人らに対し無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

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